「南国土佐を後にして」歌詞の真実!ペギー葉山が伝えた戦禍の絆の注目ポイントを詳しく解説してご紹介します。

戦後にこの楽曲を発掘し、全国区のポップスへと昇華させたのが、高知の作曲家・武政和導である。武政は兵士たちの口ずさんでいた旋律に着目し、よさこい節の要素を加えて現代的な楽曲として再構成した。

そして1959年、大手レコード会社のキングレコードから運命のレコードが発売される。歌い手に抜擢されたのは、ジャズシンガーとして頭角を現していたペギー葉山だった。当時、洋楽スタイルの曲を中心に歌っていた彼女にとって、日本の情緒が濃縮されたこの楽曲は大きな挑戦であった。

ペギー葉山の澄み渡る伸びやかな歌声は、泥臭くなりがちな郷土ソングに洗練された品格と透明感を与えた。従来の歌謡曲の枠を超え、ジャンルの垣根を打ち破る新しい歌として、日本全国に大旋風を巻き起こすこととなったのだ。