刑事責任や行政処分がないからといって、完全にノーリスクだと高を括るのは極めて危険だ。歩行者にとって最も深刻な現実的リスクは、車やバイク、自転車と接触事故を起こした際の民事裁判における「過失割合の加算(過失相殺)」である。
通常、日本の交通裁判実務において歩行者は「交通弱者」として手厚く保護される傾向にある。たとえば、歩行者が青信号で横断歩道を渡っている最中に左折車に轢かれた場合、基本過失割合は「車100:歩行者0」となるのが原則だ。しかし、歩行者がイヤホンを着用していた事実が事故状況の記録やドライブレコーダーの映像から立証されると、司法の判断は一転する。
裁判所は、歩行者にも道路交通法第1条が掲げる「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図る」精神に基づき、身の回りの危険を察知して回避すべき一般的な注意義務(信義則上の自己防衛義務)が存在すると判断する。イヤホンやヘッドホンの装着によって接近音やクラクションを聞き逃し、事故回避動作が遅れたと認められた場合、「著しい過失」または「事情変更事由」として歩行者側に5〜10%程度の過失が加算されるケースが判例上定着しつつある。
「たった5%や10%」と侮ってはならない。仮に被害者となった歩行者が重い後遺障害を負い、損害賠償請求額が合計8,000万円に達した場合、10%の過失相殺が適用されるだけで受け取れる賠償金が800万円も減額される計算になる。相手が無謀な運転であったとしても、自らのイヤホン装着が原因で自身の生活保障を大きく削り取られるという冷徹な司法判断が下されるのが、民事訴訟の厳しい現実である。