八〇年代の再婚劇が遺した爪痕|泥沼スキャンダルの真相と当事者の今の総合ガイドを解説します。役立つ情報が詰まっています。

80年代の芸能界を覆っていたのは、現在とは比較にならないほど生々しく暴力的なメディア空間でした。「恐縮です!」のフレーズで知られる梨元勝をはじめとする芸能リポーターたちが、羽田空港の到着ゲートや自宅マンションの前でスターに突撃マイクを突きつける姿は、当時の日常茶飯事でした。プライバシーという概念が希薄だった時代、芸能人の再婚は公共のエンターテインメントとして消費されていたのです。

当時の報道記録や関係者の回顧録を検証すると、世間の反応は極めて二極化していました。特に主婦層を中心とするワイドショー視聴者の反発は凄まじく、略奪愛やスピード再婚に対してはテレビ局への抗議電話が殺到。「子どもを置いて出ていくなんて母親失格」「尽くしてくれた前妻を裏切るのか」といった道徳的非難が浴びせられました。しかしその一方で、女性週刊誌の実売部数はスキャンダル報道のたびに数十万部単位で跳ね上がり、大衆がその「泥沼の愛憎」を熱狂的に享受していた事実も見逃せません。

SNSが存在しなかった当時、5ちゃんねるのようなネット掲示板もなく、人々の感情の吐き出し口は「職場の給湯室」「井戸端会議」、そして「雑誌の読者投稿欄」でした。そこに見られたのは、「自分たちを縛る昭和の退屈な家庭観」から飛び出したスターへの羨望と嫉妬の入り混じった眼差しです。家庭を捨てて情熱に生きた沢田研二や、仕事を捨てて夫に殉じる姿勢を見せた森昌子に対して、人々は自らの人生の規範を投影し、ある者は断罪し、ある者は密かに拍手を送っていたのです。