結論から申し上げますと、平幹二朗さんと北大路欣也さんの間に血縁関係は一切存在しません。2人は実の兄弟でもなければ、いとこなどの親戚関係にもなく、出自も出身地もまったく異なる赤の他人です。
公式の戸籍情報および所属事務所の公表プロフィール、過去の自叙伝の記録を照合すると、その事実が明白に浮かび上がります。
まず、北大路欣也さんの本名は「淺井 将勝(あさい まさかつ)」です。1943年2月23日に京都府京都市で生まれました。父親は戦前・戦後の日本映画界で「時代劇六大スタア」の一角として君臨した映画俳優の市川右太衛門(本名:淺井 善夫)氏であり、生粋の映画界の御曹司として育ちました。
対する平幹二朗さんの本名は「平 幹二朗(ひら みきじろう)」のままであり、1933年7月25日に広島県広島市で生を受けました。平さんの父親は幹二朗さんが幼少の頃に病没(あるいは戦時召集を経て早世)しており、母・節子さんの手ひとつで厳しくも愛情深く育てられました。1945年8月6日の広島原爆投下時には爆心地から数キロ離れた場所で被爆しながらも奇跡的に生き延びたという、過酷な少年期を歩んできた歴史があります。
生まれた地域も、家系の姓も、育った環境も対極にある2人ですが、なぜこれほどまでに「兄弟」という噂が定着したのでしょうか。その謎を解く鍵は、2人が持つ稀有なパブリックイメージと、日本のエンターテインメント界がたどった黄金期のキャスティング構造に隠されています。