明治の文豪・夏目漱石は、その著作『草枕』の有名な冒頭で「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」と書いた。合理主義と個人の主体性が揺れ動く近代日本において、感情だけに身を任せることの危険性を鋭く見抜いていた。
過剰な情は、時に「しがらみ」や過干渉へと変貌する。他者との境界線(バウンダリー)が曖昧なまま情を注ぎ込めば、互いを束縛し合い、共依存の沼へと引きずり込んでしまう。漱石が警鐘を鳴らした「流される情」の脆さは、現代のSNSコミュニティにおける同調圧力の歪みにも通じている。