1995年11月に世間を驚かせた結婚発表から約8年、2003年7月に二人は正式に離婚届を提出しました。おしどり夫婦としてCMや雑誌でも取り上げられていた二人の破綻は、多くのファンに衝撃を与えました。報道陣を前に開かれた単独会見や当時の関係者証言から浮かび上がる離婚理由は、単一のトラブルではなく、長年にわたる生活観と価値観の根本的な乖離でした。
最大の引き金として報じられたのが、萩原聖人の麻雀をはじめとするギャンブルへの過度な傾倒と、それに伴う深夜帰宅の常態化です。萩原聖人は独身時代から無類の麻雀好きとして知られ、結婚後もそのライフスタイルを変えることはありませんでした。仕事が終われば雀荘に直行し、連日連夜のように朝帰りや外泊を繰り返す日々が続き、家庭を守り育児に追われる和久井映見との間に深い溝が生まれていきました。
当時の週刊誌報道や女性誌の取材によると、和久井映見は家庭を最優先に考え、萩原聖人の生活態度の改善を幾度となく求めました。しかし、自由を愛し表現者としてストイックなまでに自己の世界へ没入する萩原聖人との対話は平行線をたどりました。萩原聖人自身、後年のテレビ番組やロングインタビューにおいて、若さゆえに家庭人としての責任を背負い切れず、相手への思いやりを欠いていた未熟さを率直に振り返っています。
決定的となったのは、二人の間に生じた感情の冷却化でした。家庭を省みない生活が続いた結果、和久井映見が長男を連れて実家へ戻る形で別居がスタート。約1年半にわたる別居期間を経ても修復の糸口は見出せず、「お互いの人生をこれ以上束縛しないための前向きな選択」として離婚が成立しました。慰謝料は発生せず、二人が徹底して子供への悪影響を避ける形で静かにピリオドを打った背景には、最後まで相手への敬意を残そうとした苦渋の決断がありました。