ネット上のQ&AサイトやSNSでは、「人工内耳の手術を受ければ、翌日から元のクリアな耳に戻るのか?」という誤った期待が散見されます。しかし、臨床現場の実態はそれほど単純ではありません。
手術を終えて傷口が治癒した約2〜4週間後、初めて体外機(サウンドプロセッサ)を装着し、電極へ通電する「音入れ(初期マッピング)」が行われます。この日、装用者が耳にする音のリアルな感想は、誰もが口を揃えて「人間や外界の音とは思えない機械音」と表現します。
「ピピピというファミコンの電子音のように聞こえた」「男性の声も女性の声も、全員がアニメの宇宙人やロボットが喋っているように感じた」――これらは手術を経験した装用者の手記に共通して綴られる初期の知覚です。耳から入った音の波を直接聴いているのではなく、聴神経に送られたパルス状の電気刺激を、脳が無理やり解釈しようとしている段階だからです。
ここから始まるのが、数ヶ月から数年に及ぶ「聴能リハビリテーション」です。言語聴覚士(ST)とともに、個々の聞こえ具合に合わせて電気刺激の強弱や周波数バランスを調整する「マッピング」を反復します。次第に脳の神経可塑性が働き、電気信号が「あ、これは家族の『おはよう』という言葉だ」と意味のある音声として統合されていきます。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の追跡データや臨床報告によると、中途失聴(言葉を覚えた後に聴力を失った成人)の場合、術後6ヶ月から1年のリハビリを経ることで、静寂下における日本語の単語了解度は平均して70〜80%以上まで回復します。相手の口元を見ずに電話で会話できるレベルに達する装用者も多く、社会復帰や復職の大きな足がかりとなっています。