そもそも、なぜ世界の大半は右側通行へ移行したのでしょうか。その背景にはナポレオン・ボナパルトの軍事戦略とアメリカの大型馬車文化が存在します。
中世ヨーロッパの騎士たちも、右手で槍や剣を構えやすいよう左側を通行していました。しかしフランス革命後、ナポレオンがヨーロッパ大陸を制覇するなかで、従来の慣習を打ち破る軍事戦術の一環として軍隊に右側行進を徹底させます。ナポレオンが支配したフランス、ドイツ、イタリア、スペインなどの地域には右側通行が定着し、そのまま国家ルールとして定着しました。
さらにアメリカ大陸では、複数の馬を操る大型輸送馬車「コネストーガ馬車」の普及が決定打となります。御者は右手に持ったムチを全体に行き届かせるため、最後列の左側の馬にまたがって操縦しました。対向馬車と安全にすれ違うためには左側の車輪の間隔を見極める必要があったため、すれ違いの際に左側を見る構造、すなわち「道路の右側を走る」スタイルが最適だったのです。
20世紀初頭に大量生産されたアメリカのフォード・モデルT(T型フォード)が左ハンドル・右側通行を標準仕様としたことで、世界中の自動車産業が一気に右側通行へと傾斜していきました。