沖縄から上京し、原宿のアパレルショップで働いていた彼を見出したのは、個性を重視する芸能プロダクション「スターレイプロダクション」だった。当時は原宿系ファッションが独自のカルチャーとして爆発的な熱量を持っていた時代。ヘアバンドにチーク、色鮮やかなコーディネートという独自のスタイルは、瞬く間に若い世代を魅了した。
単なる流行のモデルにとどまらず、自己表現としてのファッションを極めた姿勢は、型にはまらない新しい若者像として注目を集める。ファッションモデルとしての才能は、やがてテレビ業界関係者の目にも留まり、芸能界という巨大な表舞台へと連れ出されていくこととなった。