渋谷のんべい横丁のルーツは、第二次世界大戦直後の混乱期に形成された闇市に遡ります。戦後、渋谷駅前(現在のハチ公前広場や道玄坂周辺)に乱立していた屋台や露店を整理・収容するため、1950年(昭和25年)に現在の線路沿い都有地・都有隣接エリアへ移転させたことが発祥の経緯です。
間口わずか1間半(約2.7m)、床面積3坪(約10㎡)ほどに規格化された木造長屋スタイルの店舗が、南北に細長く2列並ぶ独特の構造は、当時の区画整理の痕跡をそのまま今に伝えています。高度経済成長期からバブル期にかけて、日本全国の盛り場がビル化・近代化されるなか、山手線の擁壁と道路に挟まれた狭小地という立地制約が、皮肉にも大規模ビル建設の参入障壁となり、奇跡的にエアポケットのように昭和の景観が温存されました。
都市社会学の観点において、この空間は単なる飲食店街を超え、都市生活者が肩書きを脱ぎ捨ててフラットに対話できる「サードプレイス(第三の居場所)」として機能してきました。3坪という極小空間だからこそ生まれる店主と客、あるいは客同士の親密な身体的距離感が、70年以上途絶えることなく継承されています。