ネット上やSNSのアーカイブで定期的にバズを生み出しているのが、石原典子さんの若い頃の写真です。モノクロームの銀塩写真に残されたその姿は、オードリー・ヘプバーンや昭和の名女優を彷彿とさせる彫りの深い顔立ちと、涼しげで強い意志を秘めた瞳が印象的で、「息を呑むほどの美女」「気品が次元違い」と現代の若年層の間でも驚嘆の声が上がっています。
典子さんの旧姓は飛田典子(ひだ のりこ)。1938年(昭和13年)、現在の神奈川県に生まれました。実家の飛田家は非常に厳格かつ裕福な家柄であり、典子さんは何不自由ない環境で育った生粋のお嬢様でした。
慎太郎氏との出会いは、典子さんがまだ10代半ばの少女だった頃に遡ります。親族ぐるみの交流や見合いをきっかけに知り合い、当時の一橋大学生であり新進気鋭の文学青年だった慎太郎氏に見初められました。そして1955年12月、慎太郎氏が『太陽の季節』で第34回芥川賞を受賞して一世を風靡する直前、典子さんはわずか17歳の高校在学中に慎太郎氏(当時23歳)と婚姻届を提出したのです。
結婚初期の典子さんは、突然押し寄せた「太陽族ブーム」の狂乱とメディアの過熱取材に戸惑いながらも、ヨットを愛する夫に寄り添い、湘南の海や海外クルーズに同行しました。船上で潮風に髪をなびかせる当時のスナップ写真は、昭和モダニズムを象徴するアイコンとして今も鮮烈な光を放っています。