松山千春『君のために作った歌』誕生秘話と恩師との絆を徹底解明を詳しくリサーチ! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。

1977年1月25日、キャニオン・レコード(現ポニーキャニオン)よりシングル『旅立ち / 初恋』でメジャーデビューを果たした松山千春。そのわずか5カ月後の6月25日にリリースされたファーストアルバムが『君のために作った歌』でした。全国区のテレビ露出がほぼゼロだったにもかかわらず、ラジオを通じて火がついた人気は凄まじく、アルバムはオリコンチャート上位へ駆け上がります。

しかし、栄光の扉が開いた直後、あまりにも残酷な悲劇が二人を襲います。アルバム発売から約2カ月後の1977年8月27日、千春を全国区のスターへと育て上げるべく過密日程を駆け抜けていた竹田健二氏が、急性心不全のため函館のホテルで急逝。享年36という、あまりに早すぎる旅立ちでした。

「俺の生みの親であり、育ての親だった」と語る最愛の恩師の死に、千春は激しいショックを受け、一時は歌手廃業すら考えたといいます。しかし、通夜の席で竹田氏の父親から「健二の夢はお前が日本一の歌手になることだった」と諭され、千春は涙を拭ってステージに立ち続ける決意を固めました。『君のために作った歌』は、旅立った恩師へのレクイエムであり、生涯歌い続ける男の宣誓となったのです。