キクチ氏が2011年に上梓した手記『突然、僕は殺人犯にされた―ネット中傷・恐怖の10年』(竹書房)には、精神的に追い詰められていく日々の恐怖が生々しく記録されています。自宅周辺を不審人物がうろつき、出演するテレビ局やラジオ局、スポンサー企業には「なぜ殺人犯を使うのか」「降板させなければ会社に危害を加える」といった抗議電話や脅迫メールが数万件単位で届くようになりました。
実際に予定されていたレギュラー番組の出演取りやめやCMの降板が相次ぎ、タレントとしての社会的信用は完全に失墜。さらに深刻だったのは、命の危険を感じて助けを求めた初期の警察対応でした。当時のサイバー犯罪対策は極めて未成熟であり、相談に訪れたキクチ氏に対して担当警察官が言い放ったのは「ネットなんて見なければいい」「有名人なんだから批判されるのは仕方がない」という心ない門前払いでした。
刑事事件として被害届を受理してもらえない絶望のなか、キクチ氏は自衛のために行動を開始します。中傷が書き込まれたWebページのURL、アクセス日時、IPアドレス、投稿内容をプリントアウトし、膨大な紙のファイルに時系列でファイリングする作業を何年も孤独に続けました。後に中野警察署のサイバー犯罪担当刑事との出会いによって事態は好転しますが、公式な捜査が動き出すまでに実に10年の歳月を要した事実は、法制度の遅れがもたらした重大な教訓です。