三島由紀夫はなぜ、生涯にわたってこれほど太宰治にこだわり続けたのでしょうか。後年の評論家や研究者の多くは、そこに強烈な「同族嫌悪」を見て取っています。太宰を最も激しく拒絶した三島自身、実は太宰と驚くほど似通った文学的・精神的病理を抱えていたからです。
三島が自作『仮面の告白』で描いた自己の性的・精神的異端性への自意識、仮面を被らなければ他者と接することができない疎外感は、太宰が『人間失格』で道化を演じる主人公・葉蔵の苦悩と本質的に酷似しています。他者の視線を病的なまでに恐れ、常に「演じる自分」を意識し続けたナルシシズムの構造において、二人は合わせ鏡のような存在でした。
自らの内奥にある「脆く、女々しく、死に惹かれる弱さ」を徹底的に否定し、ボディービルによる肉体改造や軍国主義的ダンディズムという強固な鎧で封印しようとした三島にとって、その弱さを無防備に開陳して大衆を熱狂させる太宰の存在は、直視したくない「影(ユング心理学におけるシャドウ)」そのものだったと言えます。