今川義元が最期を迎えた具体的な場所については、現在も愛知県豊明市と名古屋市緑区の間で論争が続いており、歴史ファンの関心を集めています。両地域にはそれぞれ異なる史跡が存在します。
・豊明市の「桶狭間古戦場伝説地」(国指定史跡):
江戸時代に尾張藩の学者らによって整備された伝承地で、今川義元の墓碑や七人の戦死者を弔う七ツ塚が残されています。古くからの公認史跡としての格式を持ちます。
・名古屋市緑区の「桶狭間古戦場公園」:
地形や当時の合戦経路に関する最新の地形学的研究に基づき、義元が本陣を置いた「おけはざま山」や戦死地とされる場所の復元に力を入れています。織田信長と今川義元の銅像が並び立ちます。
当時の「桶狭間」一帯は境界が曖昧な丘陵地帯であり、広範囲にわたって追撃戦が展開されたため、双方が戦場の一部であったと考えるのが自然です。現地を訪れることで、起伏に富んだ当時の地形が信長の強襲作戦に与えた影響を肌で感じ取ることができます。