世間を震撼させた参加者たちはその後、どのような道を歩んだのでしょうか。信仰を貫いた者と、苦悩の末に訣別を選んだ者。その後の足跡はあまりにも対照的です。
桜田淳子氏の軌跡:福井での生活、夫婦関係の持続、そして限定的な復帰
合同結婚式で教祖から指名された福井県出身の会社員男性と結婚した桜田淳子氏は、事実上の芸能活動休止へと追い込まれました。夫の地元である福井県へ移り住み、3人の子どもを出産・育児する生活を選択。長年メディアの表舞台から姿を消していましたが、夫婦関係は破綻することなく継続しています。
2010年代以降、親しい関係者のサポートを得て都内でのファンイベントやデビュー記念コンサートを単発で開催し、変わらぬ歌声を披露して話題を呼びました。しかし、本格的な地上波テレビ番組やメジャー舞台への復帰は実現していません。教団への信仰を公式に否定・脱会していない点が、大手芸能事務所やスポンサーにとってコンプライアンス上の大きな障壁であり続けているためです。
山崎浩子氏の決断:46日間の脱洗脳、手記『愛すること 信じること』で明かされた脱退理由
一方、純潔の誓いとともに合同結婚式に参加した山崎浩子氏は、帰国後に劇的な転換期を迎えます。家族や親族、そしてカルト問題に精通した牧師らが彼女を保護し、46日間に及ぶ面談と説得が行われました。
山崎氏は後に上梓した手記『愛すること 信じること』のなかで、自らが教理に絡め取られていた心理状態や、教団が提示する教義の論理的破綻に気づいた瞬間を赤裸々に告白しています。1993年4月の脱会記者会見では、涙を浮かべながら「教団の教えは間違っていた」と明言し、祝福結婚の解消(破談)を発表しました。洗脳の軛(くびき)から自力で脱出した彼女は、新体操指導者としてのキャリアを再建し、後進の育成で輝かしい実績を残しています。
その他のアスリート・文化人の選択
芸能界のみならず、バドミントン元全日本王者の徳田めぐみ氏など著名アスリートも同式典に参加しました。徳田氏も後に脱会を決意し、家族の元へと戻る選択をしています。世間の厳しい視線にさらされながらも、早期に教団と距離を置いた人々は、自らの意思を取り戻すことで社会復帰を果たしていきました。