1992年の熱狂から1年後、世間を再び驚かせたのが山崎浩子氏の「失踪」と、それに続く劇的な脱会宣言でした。
山崎氏は式への参加後、親族によって都内のマンションへ保護され、統一教会問題に精通した牧師や元信者たちとの対話に身を置くことになりました。外界から完全に遮断された約46日間に及ぶ話し合いの中で、彼女は教団が用いる心理的誘導の手法や、教理の論理的矛盾、そして霊感商法によって被害者が生み出されている動かしがたい現実に直面しました。
後に上梓した自著『愛すること信じること』の中で、山崎氏は当時の心境を「信じていた世界が音を立てて崩れ落ちる恐怖だった」と振り返っています。「自分の純粋な信仰心が、誰かを泣かせる組織の維持に使われていた」と気付いた瞬間、呪縛が解け、彼女は教団との決別を決意しました。その後、新体操のナショナル強化スタッフとして現場に復帰し、オリンピック選手を育成するなど指導者としての名誉を自力で回復していった軌跡は、カルトからの社会的再起の象徴的なモデルケースと評されています。
対照的な道を歩んだのが桜田淳子氏です。結婚後は芸能活動を事実上休止し、夫の地元である兵庫県や都内で3人の子どもを育てる母親としての生活を営んできました。現在も信仰を捨てておらず、教団の地域集会や関連イベントで目撃される情報が散見されます。
2010年代以降、デビュー周年記念イベントやスクリーンコンサートなどで限定的にステージ復帰を試みたものの、全国霊感商法対策弁護士連絡会などから「被害回復がなされていない現状で、広告塔としての活動再開は容認できない」と強い抗議声明が出されるなど、芸能界への本格的な復帰は極めて困難な状況が続いています。彼女が選んだ信仰への忠誠は、大衆芸能の世界における居場所と引き換えにした重い代償であったことが浮き彫りになっています。