千代の富士の娘が亡くなったという痛ましい出来事は、1989年(平成元年)6月に発生しました。前年の1988年に53連勝という不滅の金字塔を打ち立て、まさに国民的英雄の絶頂期にあった千代の富士を襲ったのが、誕生して間もない三女・愛(あい)ちゃんの突然の死でした。
愛ちゃんは1989年2月に誕生。しかし、生後わずか4ヶ月余りが経過した初夏の朝、眠ったまま呼吸を停止しているのが発見され、搬送先の病院で帰らぬ人となりました。直接の死因は「乳幼児突然死症候群(SIDS:Sudden Infant Death Syndrome)」と診断されています。
SIDSとは、それまで元気に育っていた乳幼児が睡眠中に予期せぬ死を遂げる病態です。当時の報道資料や千代の富士本人が後の自著や特別番組のインタビューで吐露した手記によると、朝起きて冷たくなっていた我が子を抱き上げた瞬間、横綱は言葉を失い、泣き崩れたと伝えられています。筋骨隆々の肉体で土俵に君臨し、どんな屈強な力士にも怯まなかった大横綱が、愛娘の小さな命を前に崩れ落ちた姿は、当時の相撲関係者や報道陣の胸に深く刻まれました。
厚労省などの公的統計においても、SIDSは生後2ヶ月から6ヶ月の乳幼児に多く見られる原因不明の症候群とされています。何の予兆もない理不尽な死別が、家族にどれほどの絶望をもたらしたかは想像に難くありません。