ネット上には「細木数子は刑務所に入っていた」「警察に踏み込まれて引退した」といった根も葉もない誤解が散見されます。しかし、真の盲点はそこではありません。最も直視すべき現実は、コンプライアンス意識が未熟だった平成のテレビメディアが、彼女の危うい背景を知りながら視聴率のために重用し続けた共犯関係にあります。
彼女は戦後の混乱期に生まれ、10代から夜の世界に身を投じました。銀座でクラブを経営しながら、陽運寺の住職や政財界のフィクサー、プロレス興行関係者と渡り合ってきた生粋の勝負師です。彼女にとって裏社会の人間関係は、昭和の夜の街を生き抜くための「必須の処世術」でもありました。
テレビ局側も、彼女の背後にある危うい人脈や金銭トラブルの噂を把握していなかったはずがありません。それでも、歯に衣着せぬ毒舌と「地獄に堕ちる」という強烈な脅迫的フレーズが空前の視聴率を叩き出したため、2000年代半ばまで看板番組を任せ続けました。社会的なコンプライアンス強化の波と、溝口氏による決定的な告発連載によって逃げ場を失ったことで、テレビ局も一斉に潮を引くように手を引いたのです。