松竹での活躍にとどまらず、十朱久雄は東宝株式会社の作品群や各社が競い合った時代劇映画の現場でも圧倒的な需要を誇った。サラリーマン喜劇では人の良い上司や取引先の重役をコミカルに演じる一方、重厚な時代劇では冷徹な家老や実直な町人を演じ分け、ジャンルの垣根を軽やかに飛び越えた。
役の大小や善悪に偏見を持たず、脚本の骨格を誰よりも深く読み解くこと。当時の現場監督たちは「十朱さんが画面にいてくれれば、カット全体が引き締まる」と全幅の信頼を寄せていた。映画が最大の国民的娯楽として熱狂を生んでいた時代、スタジオを飛び回りながら年間何本もの撮影をこなした彼の背中には、徹底した職人俳優としての凄まじい矜持が宿っていた。