合意によって銃声は止んだ。しかし、心の国境線までが消え去ったわけではない。この和平体制に激震を走らせたのが、英国のEU離脱(ブレグジット)である。アイルランド島内に物理的な検問所を復活させないための妥協策として導入された「アイリッシュ海国境」は、今度は英国維持派のプロテスタント社会に「本土から切り離された」という強烈な疎外感と危機感を植え付けた。
2026年の現在、北アイルランドの政治地図は激変している。人口動態の変化に伴い、カトリック系住民が多数派へと逆転。シン・フェイン党が自治議会の第1党として影響力を誇示するなか、アイルランド統一の是非を問う「国境住民投票(ボーダー・ポール)」の実施論議がかつてない現実味を帯びて浮上している。合意から四半世紀以上が経過した今、新たな政治的駆け引きとアイデンティティの再編が、この地域を再び張り詰めた緊張感で包んでいる。