結論から述べると、ヤマアラシが自らの意思で筋肉を収縮させ、針を弾丸のように遠くへ飛ばすことは不可能です。解剖学的にも針を発射するための射出器官や特殊な筋肉組織は一切備わっていません。それにもかかわらず、なぜ「ヤマアラシは針を飛ばす」という言説が世界中で定着してしまったのでしょうか。
大きな要因は、敵と遭遇した際に見せる激しい威嚇行動にあります。ヤマアラシは身の危険を感じると、尾や体全体の針を激しく打ち振るってガラガラと威嚇音を鳴らします。このとき、すでに抜けかかっていた古い針が遠心力で周囲へパラパラと飛散することがあり、これを目撃した人間が「針を飛ばして攻撃してきた」と誇張して伝えた経緯が存在します。
加えて、彼らの必殺技ともいえる「後ろ向きの突進攻撃」の速度があまりに速い点も誤認に拍車をかけました。相手に向かって目にも留まらぬ速さで後退し、一瞬でトゲを突き刺して離脱するため、離れた場所にいた捕食者の体に突然針が出現したかのように見えます。古代ローマの博物学者プリニウスの記述や中世の伝承、さらには近年のポップカルチャーにおける誇張表現が重なり合い、強力なパブリックイメージとして定着したと考えられます。