国会での激務をこなしながら、病院へと駆けつけ夜通し看病を続ける日々。政治・行政の中枢に身を置く立場でありながら、目の前の命を守る一人の母親としての無力感に苛まれることも少なくなかった。自由民主党の幹部として重責を担う一方で、当事者の家族として制度の冷たさや支援の手薄さに直面した体験は、彼女の政治姿勢を根底から作り変えることになる。
「永田町にいるだけでは見えなかった景色が、息子によって初めて見えた」と野田氏は振り返る。障害者福祉制度の手続きの煩雑さや、受け入れ施設が圧倒的に不足している現実は、単なる知識ではなく身を裂くような実体験として刻み込まれたのだった。