山上憶良は『万葉集』の歌人のなかでも、極めて特異な存在感を放っています。当時の貴族文化における和歌といえば、宮廷賛美や四季の美しさ、男女の恋愛を詠むのが主流でした。そのなかにあって憶良は、「貧困」「老い」「病」「子への愛情」といった過酷な現実や生身の人間感情を真正面から歌い上げました。
その代表作が、山上憶良の代名詞とも言える『子等を思ふ歌』(巻五・802番)です。
「銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も 何せむに 優れる宝 子に及(し)かめやも」
(どれほど高価な銀や金や宝石であっても、子どもという優れた宝に勝ることなどあろうか、いや決して勝りはしない)
「憶良らは今は罷らむ」で見せた家庭第一の姿勢は、ポーズや冗談ではなく、彼の根底に流れる哲学そのものでした。遣唐使として大陸の儒教・仏教思想を深く吸収した憶良は、現世における家族の絆を何よりも貴いものと捉えていたのです。