日本文学においてこの花の名を決定づけたのが、1907年に朝日新聞で連載された夏目漱石の長編小説『虞美人草』です。漱石が東京帝国大学の教職を辞し、朝日新聞社の専属作家として執筆した記念すべき第一作でした。
物語の中心人物は、美貌と卓越した知性を持ちながら、周囲の男性を冷酷に翻弄するエゴイスティックなヒロイン・藤尾。彼女は許嫁の甲野を軽んじ、野心家で才気走る小野を誘惑して運命の歯車を狂わせていきます。しかし最後には自らの過剰な誇りと情熱に押し潰され、突然の非業の死を遂げます。
漱石は、妖艶でありながら滅びの美をまとう藤尾の姿を、咲き誇り散りゆく虞美人草に重ね合わせました。明治の近代化に伴い生まれた新しい個我の欲望と、伝統的な道徳観の激突を鮮烈に描いた傑作として、今日でも読み継がれています。