平穏だった宇津井家に激震が走ったのは、2014年3月14日のことでした。肺気腫の悪化により都内の病院で闘病中だった宇津井健氏が、82歳で息を引き取ったその日の昼、わずか逝去の約5時間前に名古屋市内の区役所に婚姻届が提出されていたのです。その相手こそが、加瀬文恵氏でした。
加瀬文恵氏は名古屋の名妓として名を馳せ、名古屋市東区で創業数十年の老舗高級クラブ「なつめ」を経営するカリスマオーナーママでした。健氏とは40年以上に及ぶ親交があり、2006年に前妻の友里恵さんが膵臓がんで他界(享年74)した後は、傷心の健氏を精神的・生活面で親身に支え続けていたとされます。これが世に言われる宇津井健の再婚真相の発端です。
しかし、問題となったのはその入籍のタイミングでした。病状が極限まで悪化し、意識が混濁していたとされる臨終当日の電撃入籍について、実の息子である隆氏への事前相談はなされていませんでした。加瀬氏側はワイドショーの独占取材や手記において、「健さん本人から『文恵を僕の妻として見送ってほしい。籍を入れてくれ』と強く懇願された。彼の最後の願いを叶えるための決断だった」と正当性を主張しました。
一方、最愛の母の死を乗り越え、父の闘病を見守っていた隆氏にとって、父の死の当日に突然「新しい母」が存在することになり、さらにそれが法的な配偶者として葬儀の主導権を握るという事態は、あまりにも唐突であり心情的承服を超えた出来事でした。このボタンの掛け違いが、その後の泥沼劇と評される対立を生む決定的な引き金となりました。