過酷なプロ野球の世界、そして言葉も文化も異なるアメリカでの生活を支え続けたのが、妻である優子夫人と家族の存在でした。高橋氏は2004年に結婚。夫人は元キャスターとしての知性と教養を持ち合わせ、公私にわたって高橋氏を力強く支え続けました。
特に2010年、35歳でのメジャー挑戦時、マイナー契約という不安定極まりない身分でありながら、家族は高橋氏の夢を全面的に後押ししました。住居の手配から食事の管理、移動の多いMLB特有の過密スケジュールの中で、家庭が常に「精神的な安全基地」として機能していたことが、アメリカでの大躍進を支えた決定打と言えます。
慶應義塾大学環境情報学部(SFC)出身という高学歴プロ野球選手でもあった高橋氏は、物事を多角的に捉える知性派としても知られます。引退後も家族との時間を何より大切にし、子育てや家庭生活の様子を時折メディアで語る姿からは、プロスポーツ選手にありがちな浮ついたスキャンダルとは無縁の、誠実な人柄がにじみ出ています。