日本の昭和スーパー歴史の幕開けを語る上で、福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)の存在を外すことはできません。1956年(昭和31年)、実業家の中原延治氏が立ち上げた「丸和フードセンター(主婦の店丸和)」こそが、すべての発祥です。
当時の中原氏は、アメリカの視察団が持ち帰った最新のスーパーマーケット理論に強い衝撃を受けました。「買い物かごを手に取り、客自らが商品を選び、レジで一括精算する」というセルフサービス方式は、個人の八百屋や魚屋が対面で量り売りを行っていた当時の日本において、まさに天変地異に等しい革新でした。中間マージンを極限まで削り、良質な食品を安価に提供する仕組みは、戦後復興の中で家計を守る主婦層から圧倒的な熱狂をもって迎え入れられました。
中原氏の特筆すべき功績は、このビジネスモデルを独占しなかった点にあります。自らのノウハウや「主婦の店」という屋号、ロゴマークを全国の志ある商店主たちに惜しみなく公開し、主婦の店全国チェーンの結成を主導しました。北海道から九州に至るまで、地方の意欲的な商人たちがこぞって小倉へ視察に訪れ、自らの街に「主婦の店」を看板に掲げた店舗を次々と誕生させていったのです。