この「状況にそぐわない笑い」の恐怖と悲痛さを、世界的なカルチャーとして強烈に焼き付けたのが、ホアキン・フェニックスが主演を務めたジョーカー (映画)だ。彼が演じた主人公アーサー・フレックは、緊張や恐怖、悲哀を感じた瞬間に、自らの意志に反して甲高い発作的な笑い声を上げてしまう障害を抱えていた。
作中で描かれたのは、神経損傷や脳機能の変調によって引き起こされる情動調節障害(Pseudobulbar Affect: PBA)と呼ばれる臨床的な病態である。Netflixなどのストリーミング配信を通じてこの傑作心理サスペンスを鑑賞した多くの視聴者が、「自分にも似た感覚がある」「人前で張り詰めたときに笑いが込み上げるのは病気なのか」と共感を寄せ、社会的な議論を呼ぶきっかけとなった。
アーサーのような器質的脳障害による笑いと、心理的ストレスから生じる失笑は医学的に区別されるものの、「笑いたくないのに笑ってしまう」という内面的な地獄の構造は酷似している。エンターテインメントの枠を超え、見えない苦しみを抱える人々の実態を浮き彫りにした象徴例といえる。