昭和天皇の初孫・東久邇信彦とは何者か?旧皇族復帰論と皇位継承の真相について押さえておきたい ポイントを分かりやすい構成で解説いたします。

東京大空襲の劫火が帝都を焼き尽くそうとしていた1945年3月、信彦氏は東久邇宮盛厚王と成子内親王の第一子として誕生した。母の東久邇成子は昭和天皇の第一皇女(照宮)であり、父方の祖父は終戦直後の混乱期に内閣総理大臣を務めた東久邇宮稔彦王である。まさに皇統の嫡流と宮家の血が色濃く交錯する結節点に、彼は生まれた。

しかし、皇族としての身位を保てたのはわずか2年半にすぎない。1947年10月、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の強力な指導のもとで断行された11宮家51人の皇籍離脱によって、信彦氏もまた「盛厚王第一男子」から一民間人へと身分を変えた。日本近現代史における劇的な転換期を、物心つかぬ幼児として迎えたのである。