日本経済の高度成長期からバブル期にかけ、企業の株主総会を陰で支配していたのが総会屋でした。最盛期には個人・団体所属を合わせて全国に8,000名以上が存在し、総会の進行を妨害する「野党総会屋」と、金銭を受け取ってシャンシャン総会を演出する「与党総会屋」が跋扈していました。その象徴的事件が、1984年1月30日に行われたソニーの株主総会です。総会屋が次々と不規則発言を繰り返し、審議は12時間30分という異例の超ロングラン総会へともつれ込み、当時の経済界に強烈なトラウマを刻みつけました。
しかし、なぜこれほど強大だった総会屋が衰退したのでしょうか。最大の契機は、1982年(昭和57年)の商法改正による「単位株制度の導入」と「利益供与に対する罰則の新設」です。少額株式の買い占めによる乱入を防ぎ、企業から総会屋への対策費支出を封じ込めにかかりました。
決定打となったのは、1997年に白日の下に晒された「総会屋利益供与事件の真相」です。四大証券会社や第一勧業銀行(現・みずほ銀行)、大手百貨店が、著名総会屋グループへ巨額の利益を供与していた事実が次々と発覚。大企業のトップが手錠をかけられ、銀行役員が自ら命を絶つという凄惨な事態へと発展しました。当時の総務部幹部が手記で告白した「一度脅しに屈して金を払えば、死ぬまで搾り取られる蟻地獄だった」という生々しい言葉は、日本的経営に巣食っていた事なかれ主義の代償の重さを如実に証明しています。この事件を機に警察による集中的摘発と社会的反社会的勢力排除の包囲網が完成し、旧来型の総会屋は壊滅へと追い込まれました。