女優が映画で肌を露出することに対しては、常に好奇の視線やセンセーショナリズムがつきまといます。しかし、真木よう子の体当たり演技が監督や評論家から一貫して絶賛される理由は、その露出が「物語と役柄のリアリティのために不可欠な要素」として必然性を持っているからに他なりません。
彼女自身、過去のインタビューにおいて「役として生きている以上、服を脱ぐことや体をさらすことは、泣いたり叫んだりする芝居と何も変わらない」という主旨のプロフェッショナルなスタンスを語っています。見せるための露出ではなく、登場人物が抱える痛み、孤独、情念を伝えるための手段として肉体を投じる姿勢こそが、彼女の演技に圧倒的な説得力を与えています。
表層的な美しさだけを取り繕うことを拒み、人間の生々しい感情を全身で体現するその姿勢は、日本映画界の多くのフィルムメーカーを惹きつけ続けています。