中川氏の失脚以降、現在に至るまでインターネット上の動画共有サイトやSNSで語り継がれているのが、いわゆる「陰謀論」です。「中川氏は昼食会のワインに薬物を混入された」「米国債の売却を巡って米国政府やCIAに嵌められた」「読売新聞の女性記者や財務官僚が仕掛け人だった」といった刺激的な言説が今も支持を集めています。
こうした言説が生まれた背景には、中川氏が直前に主導した「IMF(国際通貨基金)への1,000億ドル拠出」という圧倒的な政策実績がありました。新興国の連鎖破綻を防ぎ、世界経済を底割れから救ったこの決断は、当時のドミニク・ストロス=カーンIMF専務理事をして「人類の歴史上、最大の貢献」と激賞されました。日本の巨額な外貨準備を活用し、独自の国際金融リーダーシップを発揮していた中川氏の存在が、特定の勢力にとって不都合だったのではないかという憶測を生む土壌となったのです。
しかし、ジャーナリスティックな視線で事実関係を精査すると、陰謀論を裏付ける客観的証拠は一切存在しません。混入されたとされる薬物の痕跡や通信記録、内部告発などはなく、現場にいた複数の関係者への聞き取りでも、陰謀の兆候は見出されていません。
過剰な陰謀論に依存することは、むしろ当時の日本政治が抱えていた本質的な欠陥から目を背ける結果になります。すなわち、「重責を担う政治家の心身の消耗を誰も管理できていなかったこと」「体調異変を察知しながら面子を優先して会見に送り出した組織的無責任さ」、そして「自身の体調と薬の併用に甘さがあった政治家本人の自己管理の欠如」という、リアルな危機管理の破綻こそが暴かれるべき真相なのです。