中森明菜のキャリアを振り返ると、年代ごとに体型のニュアンスが豊かに変化してきたことがわかります。
1982年のデビューシングル『スローモーション』や『少女A』の時期は、10代特有のふっくらとした頬と健康的な肉付きが印象的でした。そこからトップスターへ駆け上がる過程で急速に絞られ、1987年の『難破船』の頃には儚げで透明感あふれる極限のスレンダーシルエットへと進化を遂げます。
1990年代から2000年代にかけては、体調不良による活動休止と復帰を繰り返すなかで、無理な減量やプレッシャーから距離を置き、自身の心身の健康を最優先にするスタンスへとシフトしていきました。過剰な細さを追求するのではなく、心地よい自然体のコンディションを模索した時期でもありました。