中曽根康弘のルーツを辿ると、群馬県高崎市で材木商「古久松」を営んでいた父・松五郎と母・ゆくに行き着きます。裕福な商家に生まれた康弘は、旧制静岡高校を経て東京帝国大学法学部を卒業。内務省に入省後、海軍主計少佐として終戦を迎え、28歳という異例の若さで衆議院議員に初当選を果たしました。
康弘の家庭を支え続けたのが、1945年に結婚した妻の蔦子(つたこ)夫人です。東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)名誉教授を務めた小林儀四郎の三女であり、教養と気品を兼ね備えた蔦子夫人は、選挙区である群馬の強固な後援会組織「青雲会」を現場でまとめ上げ、康弘の政治活動を生涯にわたって陰から支え抜きました。
康弘と蔦子夫人の間には1男2女が誕生しました。長男の中曽根弘文は慶應義塾大学商学部を卒業後、旭化成勤務を経て父の秘書官を務め、参議院議員へと転身。文部大臣や外務大臣を歴任し、重鎮としての地位を築きました。そして現在、政界の注目を一身に集めているのが、弘文の長男であり康弘の孫にあたる中曽根康隆です。慶應義塾幼稚舎から慶應義塾大学法学部を経て米コロンビア大学大学院で国際公共政策を学んだ康隆は、2017年の衆議院議員総選挙で初当選し、3代にわたる国会議員の系譜を鮮やかに繋ぎました。