日本国内でAM/PMの混乱が一層深まる背景には、歴史的な公的文書の存在がある。1872年に発布された「明治5年太政官布告第337号(改暦ノ布告)」だ。太陽暦の導入を定めたこの布告の時刻表では、驚くべきことに「昼の12時」を「午前十二時」と規定している。
現代の一般的な感覚では「午前=AM」であるため、明治の布告に従えば昼の正午が「AM 12:00」になってしまう。一方、当時の規定では「午後十二時」が深夜0時を指す。これが現在グローバル基準で使われる「12:00 PM=正午」と真っ向から衝突するのだ。
裁判所の判例や法制局の見解でも解釈が分かれることがあり、日本の行政文書や一部の公的機関では今なお「正午=午前12時」の表記が残存している。私たちがデジタル機器の英語表記と日本語の書類を見比べたときに感じる違和感は、明治初期の制度設計に由来する根深いものなのだ。