夢二が遺した膨大な作品群の中でも、最高傑作として名高いのが『黒船屋』です。黒猫を胸に抱き、物憂げな表情で佇む女性を描いたこの大作は、木版画や肉筆画など複数のバージョンが存在します。モデルはお葉とされていますが、顔立ちには他万喜の妖艶さと彦乃の面影が複雑に重ね合わされており、夢二が女性たちに抱いた思慕と背徳感が凝縮された到達点といえます。
また、夢二の才能は視覚芸術の枠を軽々と飛び越え、音楽の世界にも燦然たる足跡を残しました。その筆頭が、自作の詩に多忠亮が曲をつけた歌曲『宵待草(よいまちぐさ)』です。
「待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ――」という切ないフレーズは、千葉県の銚子・海鹿島で出会った実らぬ恋の相手を想って詠まれたもの。大正7年に楽譜が出版されると全国的な大ヒットを記録し、今なお日本の叙情歌を代表する名曲として歌い継がれています。叙情詩と視覚表現が完璧な調和を見せる点に、総合芸術家・竹久夢二の真骨頂があります。