青山学院大学在学中に落語の世界へと飛び込んだ若き日の楽太郎。端正な顔立ちとスマートな語り口で早くから注目を集めたが、大喜利のレギュラー陣の中で自らの立ち位置を確立するまでの道のりは平坦ではなかった。先輩落語家たちが強烈な個性を放つ中、彼が見出した突破口こそが、あの徹底した「腹黒・インテリ・野心家」というヒール役の確立だった。
生前の関係者は、当時の舞台裏をこう振り返る。「楽太郎さんは、番組全体のバランスを常にミリ単位で計算していた。誰かがボケたら即座に鋭いツッコミを入れ、番組がマンネリ化しそうになれば自ら泥をかぶって場をかき回す。あの毒舌は、大喜利という演芸を極上のエンターテインメントへと昇華させるための緻密な演出だった」。座布団の増減に一喜一憂する視聴者の裏で、彼は毎週のように瞬発力と知性の限界に挑み続けていたのである。