ホテル川久の歴史は、1949年に創業した老舗和風旅館「川久」に端を発します。転機が訪れたのは1980年代後半のバブル経済期でした。2代目経営者の「世界のどこにもない、何百年先にも残る本物の建築を白浜に造る」という熱情から、既存の建物を解体。建築家・永田祐三氏を筆頭に、世界各国から当代屈指の芸術家や職人を招聘する国家プロジェクト級の大事業がスタートしました。
1989年から約3年の歳月と総工費約400億円を費やして1991年に開業した新棟は、入会金数千万円から1億円とも囁かれた超高級会員制ホテルでした。外壁を覆うのは、北京の紫禁城(故宮)の修復にも携わった名門工場に特注した「老中黄」の瑠璃瓦約47万枚。エントランスホールの床にはイタリアの職人が手作業で敷き詰めたローマンモザイクタイルのテラゾが広がり、ホールを支える24本の円柱は左官職人・久住章氏らが「シュトックマルモ(疑似大理石技法)」を用いて1本数千万円から1億円相当のコストをかけて磨き上げました。
しかし、開業直後にバブル経済が崩壊。莫大な初期投資と維持管理費が重荷となり、1990年代後半に経営破綻を余儀なくされます。その後、1999年に北海道を中心にリゾートホテルを展開するKarakami HOTELS & RESORTS(旧・カラカミ観光)が事業を継承。高級会員制のハードウェアをそのまま残しながら、広く一般旅行者を受け入れる方針へと舵を切りました。この大胆な事業再生こそが、現代の私たちが手の届く価格で泊まれる奇跡の背景にあります。