1976年のデビューから瞬く間に頂点へと駆け上がったピンク・レディー。作詞家・阿久悠の先鋭的な言葉と、作曲家・都倉俊一が生み出すダイナミックなメロディ、そしてビクターエンタテインメントによる緻密なプロデュース戦略が見事に融合し、日本の音楽業界に前代未聞のメガヒットを連発しました。
「UFO」や「サウスポー」で見せた斬新な振り付けは、子どもから大人まで国境を越えて真似され、街中に歌声が溢れました。それまでのアイドルポップスの概念を根底から覆し、歌謡曲の歴史に金字塔を打ち立てたのです。しかし、その輝かしい栄光の裏には、睡眠時間がわずか数時間という極限の過密日程と、想像を絶するプレッシャーが常に付きまとっていました。