ラストエンペラーの妃・婉容はなぜ阿片に溺れたのか?満州国の闇について知っておくべき 事実を分かりやすい構成で解説いたします。

1906年、満州旗人の名門に生まれた郭布羅婉容(かくふら・えんよう)は、当時としては珍しくアメリカ人家庭教師から英語を学び、ピアノや乗馬を嗜む先進的な教育を受けて育った。彼女の美貌と教養は北京の社交界でも知れ渡り、16歳の時に清朝第12代皇帝・愛新覚羅溥儀の正妻として迎えられる。しかし、紫禁城での宮廷生活は彼女が思い描いていた華やかなものとは程遠かった。

皇帝という重責に押し潰され、特異な性格と葛藤を抱えていた溥儀との夫婦生活は、当初から冷え切っていた。権威を失いかけた伝統的で過酷な宮廷礼節は、自由な感性を持つ若い婉容を次第に精神的に孤立させていく。この頃から、慢性的な腹痛や神経痛、そして深い孤独感を紛らわせるため、彼女は鎮痛目的に処方された阿片を吸い始め、徐々にその薬効に依存する芽が摘み取られぬまま伸びていった。