昭和・平成ポップカルチャーの熱気は、時にコンプライアンスや倫理観を易々と凌駕した。「面白ければ何でも許される」という制作現場の空気は、視聴者にとっても刺激的なエンターテインメントとして歓迎されていた節がある。
だが、その自由奔放さの裏側には、無批判に情報を垂れ流すという致命的な死角が存在していた。カルト教団の広告塔としてメディアが機能してしまったという事実は、日本のエンタメ史における消し去ることのできない暗部である。過度な演出と悪ノリが結びついた結果、社会全体が払うことになった代償はあまりにも大きかった。