カルチャーの世界でも、排泄のアクシデントは人間の脆さと滑稽さを象徴するモチーフとして描かれ続けてきた。カルト的な人気を誇る映画『トレインスポッティング』で、主人公の悪友スパッドが知人の家で粗相をやらかし、翌朝の朝食の席でシーツを取り合って大惨事を引き起こすシーンは、世界中の観客に悲鳴と笑いをもたらした語り草だ。ブラックユーモアの極致を行くアニメ『サウスパーク』でも、理性を失った腸内暴動が度々プロットの核として扱われる。
日本に目を転じても、ラジオ界の雄である伊集院光が自身の深夜番組で語る生々しくも愛嬌のある失禁エピソードは、多くのリスナーの密かな救いとなってきた。現在ではYouTubeやNetflixのドキュメンタリー、ポッドキャストなどでも、著名人が過去の排泄トラブルを赤裸々に告白するコンテンツが共感を集めている。孤立した羞恥心を笑いと共感へと昇華させる試みは、メディアの形態が変わっても人間の本質的な救済であり続けている。