歌舞伎において「橘屋」といえば、誰もが名優・市村羽左衛門の端正な姿を思い浮かべるだろう。代々の羽左衛門が確立した江戸歌舞伎の美学は、すっきりとした口跡、無駄を削ぎ落とした立ち居振る舞い、そして観客を一瞬で物語へ引き込む華やかな色気に集約されている。
その真骨頂とも言える演目が『助六由縁江戸桜』だ。紫の鉢巻を締め、蛇の目傘を手に花道を進み出る伊達男の姿は、江戸の男伊達の象徴として今なお語り草となっている。歌舞伎座の客席を埋め尽くす大向こうからの掛け声とともに、劇場全体が一つの小宇宙へと変貌する瞬間、橘屋の芸は時代を超えて鮮やかに蘇る。