現役時代の小柄な体躯をスピードと卓越した技術で補い、横綱まで上り詰めた日馬富士公平。その根底にあったのは、人並み外れた探求心と向学心だった。現役力士として土俵に上がり続ける傍ら、彼は日本の埼玉大学大学院教育学研究科に入学し、修士号を取得している。
多忙を極める本場所や巡業の合間を縫い、専門書を読み込み論文を執筆した日々。彼が大学院で研究テーマに選んだのは、母国の教育改革と日本の教育モデルの応用だった。「新モンゴル学園設立プロジェクト」の構想は、決して引退後の思いつきではなく、現役時代の学術的アプローチからすでに綿密に設計されていたのである。
相撲という極限の勝負の世界で精神を研ぎ澄ましつつ、夜は学問に没頭する。この異例の二面性が、引退という逆境に直面した際、彼を迷いなく次なるステージへと押し上げる決定打となった。