「まさか、あの貴乃花が本当にこの田川に来てくれるなんて思ってもみなかった」――かつて旧・田川市立総合グラウンド周辺の準備に奔走した地元有力者は、遠い目をしてそう振り返る。かつての大相撲界で数々の記録を打ち立て、平成の相撲フィーバーを巻き起こした貴乃花光司氏と福岡県田川市の接点は、2000年代後半にさかのぼる。
当時、世間では「なぜ田川なのか」「何か特別な利権でもあるのではないか」といった穿った噂も飛び交った。しかし、現地で長年彼らを支え続けた有志たちの口から語られた真相は、拍子抜けするほど純粋で、泥くさいものだった。「当時の田川市は石炭産業の衰退後、新たな地域の顔を模索していた。そこに、一切の妥協を許さない貴乃花親方の真摯な姿勢が合致しただけなんです」。利益誘導や思惑といった噂をあざ笑うかのように、現場に存在したのは、地域を活気づけたいという地元の人々の熱意と、それに愚直に応えようとした一人の男の愚直な意志だった。