越後山脈という巨大な自然の壁を貫き、太平洋側と日本海側を一直線に結ぶ。この壮大な着想は、元首相・田中角栄の政治的情熱なしには語れない。彼の著書『日本列島改造論』に描かれた高速交通網のビジョンは、それまで雪によって冬場に孤立しがちだった裏日本を、一挙に首都圏の経済圏へと組み込む歴史的転換点となった。
1971年の着工から1985年の全線開通に至るまで、建設現場は困難の連続だった。険しい山岳地帯での発破作業、軟弱地盤との闘い、そして豪雪地帯特有の環境条件。こうした障壁を乗り越えて完成した関越自動車道は、地域格差の是正だけでなく、新潟の米や新鮮な海産物を首都圏へ即日輸送する現代のロジスティクスを根本から作り上げたのである。