矢木醤油株式会社が拠点を置く兵庫県たつの市は、古くから良質な水と大豆、赤穂の塩が集まる醸造の聖地として知られる。近代的な工場での短期間醸造が主流となった現代においても、同蔵は伝統的な製法を頑なに崩さない。巨木から削り出された大木桶のなかで、四季の温度変化に身を任せながら熟成させる歳月こそが、複雑で奥行きのある味わいの源泉だ。
その秘密は蔵の柱や天井、木桶の壁面にまで生息する独自の蔵付き酵母と微生物群の生態系にある。科学分析では解明しきれない微生物たちの微細な働きが、カドのないまろやかな塩味と、何層にも重なる芳しい香気を醸し出す。一朝一夕には決して真似できない時間の集積が、至高と呼ばれる味わいの根底に流れている。