日本ツアーで最年少賞金王に輝いた後、彼の視線は当然のごとく世界最高峰の舞台であるPGAツアーへと向けられた。しかし、本場アメリカの壁は分厚く、そして容赦がなかった。
飛距離、コースセッティングの過酷さ、過密な移動日程、そして度重なる怪我。タフネスを求められる米ツアーで思うような成績が残せない日々が続き、スイングの試行錯誤は混迷を極めた。かつての天真爛漫なプレーは姿を消し、メディアからの批判的な声に晒されることも増えたが、この渡米期間こそが彼のゴルフ観を根底から鍛え直す重要な試練の場となったのである。