甘糟りり子を語る上で欠かせない存在が、母である甘糟幸子の記憶だ。野草料理の研究家であり、自然を慈しむ随筆家としても知られた母が愛した『鎌倉の家』。その空間を受け継ぎ、手入れをしながら暮らす日々は、亡き母との対話を重ねる旅でもある。
母と娘の関係は、決して一筋縄ではいかない。愛着と反発、近親憎悪と憧れが綯い交ぜになった複雑な感情を、彼女は決して美談に仕立て上げることなく、率直に書き留めてきた。台所に立ち、母が使っていた古いすり鉢や鍋を手にするたび、かつては鬱陶しくさえ感じた母の流儀が、自らの血肉となっていることに気づかされるという。
『鎌倉の家』で過ごした記憶をめぐるエッセイは、日本文学の系譜における優れた私小説的随筆としても高く評価されている。それは単なる家族の思い出話にとどまらず、誰しもが抱える「親からの自立と継承」という普遍的な葛藤を、極上のリアリズムで掬い上げているからに他ならない。